私のオフタイム|溝口外科整形外科病院 院長 小川 光先生

116年の歴史を継ぐ、その人の素顔

福岡・天神で生まれ育ち、2025年、溝口外科整形外科病院の院長に就任した小川光先生。
116年続く病院の歴史を受け継ぎながら、専門性を高め続ける整形外科医の「仕事じゃない時間」を伺いました。

天神で育った少年時代

生まれは福岡・天神。旧国立福岡病院で産声を上げた。
父は心臓外科医で、溝口病院の院長として勤務していた。

大名小学校時代は、校庭や長浜公園で野球をし、切手収集に夢中になる日々。
警固中学校ではバスケットボール部に所属し、3年間汗を流した。
入学時150cmだった身長は、卒業時には175cmに。思春期の25cmの成長は、今も語り草だという。

高校は西南学院。帰宅部として過ごす中で、人生の転機が訪れる。
高校2年生のとき、父が他界。家族の事情もあり、医学部への進学を決意した。

本当はパイロットを志していた時期もあったというが、その進路は医師へと向かった。

医師としての歩みと「手の外科」

久留米大学医学部で硬式テニス部に所属。
左利きの長身を活かしたプレーで頭角を現し、部内ナンバー2まで上り詰めた。

1994年、九州大学医学部整形外科へ入局。
毎年くじ引きで赴任先が決まる伝統の中、各地の病院で経験を重ねた。

2002年、溝口外科整形外科病院へ。
22年間の勤務を経て、2025年に院長就任。

現在は手外科を中心に、肩関節、小児整形など専門性の高い分野に力を入れ、年間約2,300件の手術を12人の医師で担っている。

母指CM関節症の治療法「しゃもじプレート®」の開発など、専門病院としてさらなる研鑽を続けている。

116年続く病院の重み

1909年(明治42年)、曾祖父・溝口喜六氏が開院。
福岡大空襲での全焼、地震、コロナ禍…幾度も危機を乗り越えてきた歴史がある。

「地域の先生方とのつながりと支えがあったからこそ続いてきた」

そう語る小川院長は、前院長の意志を継ぎながら、専門病院としての質をさらに高めていく決意をにじませる。

仕事を離れた時間

学生時代から続けてきた硬式テニス。
現在は持病の影響で本格的なプレーは控えているが、高校生の息子がテニスを始めたことで、軽くラケットを握る機会が増えた。

年に数回は玄界灘へ海釣りへ。
タイラバや夜焚きイカを楽しむ。

病院スタッフとのイベントも多い。
BBQ、グループキャンプ、スキー、リレーマラソン、ボーリング大会…。
「年中休みなく遊んでいます」と笑う。

また、20年以上にわたり溝口病院女子バレーボール部の監督も務めている。

医療と同じくらい、人を大切に

溝口病院110周年の際には、マスコットキャラクター「MII O(ミーオ)」くんを制作。
病院の至る所で出会える存在となっている。

116年の歴史を背負いながらも、
その根底にあるのは「人」とのつながり。

仕事とオフ、そのどちらも全力で。
小川院長の姿勢は、医療に向き合う多くの人にとってひとつのヒントになるのかもしれない。

溝口外科整形外科病院

福岡市中央区天神4丁目6-25
https://www.mizoguchi-hp.jp