On — 仕事のこと

創業38年の老舗医院の想い出と共に、
新生高森整形外科・内科・歯科スタート
恩師内藤教授への尊敬を形にして
脊椎治療の一貫システムを構築
「医院を改築したそもそもの意図は、ただ建物が老朽化したからではない」と、高森義博先生は口元を引き締める。「恩師内藤教授の鶴の一声で学んだ脊椎専門医療のスキルをフル活用して、手術からリハビリそして退院まで、一貫したシステムと最新の設備で、患者さんに応えていきたいからです。」さらに続けて「福岡大学時代の同期・白地先生と共に、脊椎専門外科として福岡西区の中心的な存在になれればと思っています」と、熱く語る。

熱く抱負を語る高森 義博先生
医師になる運命を背負って誕生する
今でこそ姉達3人もそれぞれ医師になっていますが、待望の男の子として生まれた私は、医師だった父の跡を継ぐべく、医師になる運命の一本道、しっかりレールが敷かれていました。そういった環境への反抗心もあり、中学時代は少しグレましたね。テストで故意に0点をとったりするなど、世の中を斜めに見ている自分がいました。それでも、小学生の頃、釣りを教えてくれたり折々の場面で、父の私への愛情は心の深いところで感じていたので、自ら医師になる決心をしました。
内藤教授と出会って脊椎専門医師になる
福岡大学医学部を卒業し、平成14年に同大学病院の医局に整形外科医師として入り、研鑽を重ね、5年目に大学院に進みます。そして、私の医師人生を決定づける事件が起こります。それは、股関節専門の内藤教授の所へ大学院入学の挨拶に行った時、突然「脊椎」を手伝ってくれと言われたことです。股関節を研究するものだとばかり思っていたのでビックリしました。それがキッカケで、私は脊椎の専門医師になるわけです。大きなターニングポイントですね。
亡き父の遺志を継ぎ医院を手伝う
大学院3年目の時、父が急死しそのショックが癒えぬまま、内藤教授の許可を得て、実家の医院を週に4日手伝うことになります。大学院を4年で卒業し実家に戻る予定でいましたが、内藤教授に脊椎専門スタッフとして残れと言われ、それから4年半勤務し、平成26年3月にその任を解かれ独立の許可を得ることができました。大学院から約9年、脊椎専門スタッフとして、内藤教授に師事できたことは幸運であり名誉なことと感謝しています。私にとって人生最高の指導者です。
勤務初日、天井が崩落する
平成27年4月1日、心機一転これから頑張るぞと意気込んでいた初日の昼休み、あろうことか診察室の天井の屋根が崩落したのです。驚きましたが、これは神様が医院を建て直せと告げられているのだと、築38年と老朽化していることでもあり、思い切ってこの年の10月に改築に着工しました。平成28年10月末に竣工ですからまだ3か月。改築中も使用可能なスペースで診療は続けていましたが、気分一新、さらに医療の道を邁進したいと思います。

いつも爽やか笑顔
診療内容/
整形外科、内科、歯科、リハビリ
診療予約/
【整形外科】9:00~18:00、水曜日9:00~12:00、土曜日9:00〜13:00
【内科】9:00~17:00、水曜日9:00~12:00
【歯科】9:00~18:00、水曜日・土曜日9:00〜13:00
【リハビリテーション】9:00~19:00、水曜日9:00~15:00、土曜日9:00〜13:00
休診日/
【整形外科、歯科、リハビリテーション】日曜日、祝日
【内科】、土曜日、日曜日、祝日
駐車場/20台
H P/http://www.takamorigeka.com/



Off — 休日のこと
遊びや趣味にもこだわりいっぱい
高森家4人に継承される父上のDNA姉妹弟4人の思い出の先代父上は、偉大な存在で、それぞれ遊びにも真剣に接し、こどもだとて容赦しなかったという。有香先生は温泉にもその泉質にこだわり、美穂先生は将棋、スノーボード、奈緒先生はアロマの香りでタロットカード、義博先生はゴルフと多趣味。特に釣りは全員が父上の指導を受けたとのこと。
父のDNAを受け継いで釣り好きに
医院施設の改築などで忙しくご無沙汰ですが、久しぶりにのんびり釣りをしたいですね。一般外科医師だった父に船釣りに連れていかれ、小学生の私はひどい船酔いに苦しみましたが、それにも懲りず、しっかり釣り好きの遺伝子だけは受け継いだようです。たまの休日に仲間と芥屋の海などでルアーフィッシングを楽しんでいますが、防波堤の上でボーッとウキを眺めているひとときは無心になれて良いもんです。
ゴルフは柴田先生のスパルタ指導から
なかなか行けませんが、ゴルフもしたいですね。27歳で始めたのですが、半ば強制的に筑紫病院の整形外科教授の柴田先生に打ちっ放しの練習場に連れて行かれ、同期の前山医師と共にスパルタ指導を受けました。これが云わば「柴田ゴルフ道場」のスタート。最初の2時間は、先生つきっきりでスイングチェック。延々素振りばかりでボールを打たせてくれませんでした。それでも割合早くゴルフ場デビューが出来ましたが、それも柴田先生のスケジュールに合わせて夏休み休暇をとり、起伏の多いコースを2、3本のアイアンを持って汗を滴らせながら走り回りました。あれから12年、時折のゴルフで、今では人に迷惑を懸けない程度のスコアですが、あの頃が懐かしいですね。柴田先生に感謝です。

仲間と愉快なゴルフでリラックス
愛娘との至福の時間そして愛犬ファー
日々の暮らしの中、勤務を離れて、いちばんほっこり気分がほぐれ癒されるのは、生後6ヵ月の娘とのひととき。そのあどけない表情が愛くるしく、至福感に包まれますね。それと愛犬ポメラニアンとの散歩。やわらかい毛皮の雰囲気で名前はファーといいます。ちょっと気分転換になりますね。活発で従順な小型犬が好きです。癒されますね。

愛犬ファーといつもの散歩
SistersOn
―これからの診療への取り組 みは。
美穂先生 患者さんの気持ちに寄り添って、健診の強化、抗老医療に力を注ぎます。
有香先生 CTやMRIなど設備も充実したので、医科との連携も頑張ります。
奈緒先生 患者さんの美意識の向上に応えて美に関する自由診療も力を入れたいです。
―先輩医師であったお父様への思いは。
有香先生 患者さんから父がした手術の跡が綺麗だと見せられ、亡くなって10年近く経っても感謝されている父の偉大さを感じます。
美穂先生 旧医院で父と一緒に働けたことが何よりの宝です。
奈緒先生 勉強だけでなく、遊びにもスパルタだった父。卓球やボーリング、釣り、トランプのポーカーにしても子供相手に全力。手を抜いたり、ズルをするとものすごく怒られました。それが仕事を一生懸命にすることにつながっています。
―姉妹弟がすべて医師ということは。
奈緒先生 私は3番目。グレやすいゾーンです。パティシエになりたかった時期もありましたが、紆余曲折、歯科医になり、現在は姉弟たちとワイワイ仕事ができて幸せです。
美穂先生 外科医だった父の大変さは、小学生だった私達にも伝わっていました。
有香先生 緊急の患者さんが運ばれてくる度に、母に4人並べられて、大きくなったらお父さんを助けてねと言われていました。父は亡くなりましたが、その遺志はひき継がれていると思います。
原野 有香 先生
歯科医師・長女
井手 美穂 先生
内科医師・二女
山本 奈緒先生
歯科医師・三女

元気ドリンク、バリサミコ酢(奈緒先生)

アロマの香りでタロットカード(奈緒先生)

以外とむずかしいPAO(奈緒先生)


