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独立行政法人 地域医療機能推進機構 JCHO九州病院 院長 内山 明彦

九州大学医学部第一外科に入局、高橋成輔教授と外須美夫教授の指導のもと様々な手術を経験。千早病院、国立小倉病院で執刀し、研究のため九州大学医学部附属病院第一外科の”臨床免疫研究室”で3年間、鳥巣要道先生に”腫瘍免疫”研究を徹底的に指導される。ロサンゼルスのJohn Wayne Cancer Institute留学を経て、雅人先生とキラ星の如き恩人に巡り合うことで、貴重な経験と実績に恵まれ、現在はJCHO九州病院を率いてスタッフのスキルアップに努めている。

内山明彦院長
社会的ニーズの小児周産期診療に力を注ぐと熱く語る内山院長

On — 仕事のこと

父が筑豊労災病院で主に消化器の外科医をしていて其処で生まれました。

父が九州労災病院に移ったことで、幼稚園から中学生までは小倉に住んでいましたね。

小学校は福岡教育大学附属小学校で、一貫校だったので中学校も同じ。

小学生の頃はサッカーボールを蹴っていたことと鶏やウサギを世話する飼育栽培部に入っていた朧気な記憶があります(笑)。

中学校はサッカー部に入り、中盤のポジションでしたが、それより自転車が好きで、仲間4、5人と萩や耶馬渓を巡り、民宿に泊まっては修学旅行の夜さながら談笑と枕なげ(笑)。

久留米大学附設高校で灰色の男子寮生活スターウォーズと天地真理で青春謳歌高校は久留米大学附設高校に進み、男子校の寮生活の二人部屋でむさ苦しい(笑)。

寮生活の夜は毎週月曜日から金曜日の19時から22時まで一斉学習があり、土曜日、日曜日は国鉄に乗り小倉へ帰り、母の手料理を食べるのが何と嬉しかったことか(笑)。

半年に一回は寮のルームメイトが変わり、それぞれ私の場合は割と和気あいあいでしたが、他ではトラブルもあったようですね。

好物の寿司やカレーライスを食べ歩いたり、”スターウォーズ“の1作目を観に行ったり、それなりに青春してましたね。

九州大学医学部でサッカー部からラグビー部へ現在でも続く合同合宿の仲間との繋がり小学5、6年の頃だったか、父が医師であった所為か、医療の様々な事を耳にし、確か作文に外科医になりたいと書いた記憶があります。

そして九州大学医学部に進み、中学生の頃していたサッカー部に入りました。

2年生の時、”九山医体“で優勝しましたが、何故か3年生になると、ラグビー部が誕生し、私は即入部(笑)。

ウイングで頑張っていましたが、当時は熊本大学、長崎大学が強くてなかなか思うような戦績は掲げられず、活気づくのは合同合宿。

Off — オフのこと

その当時の仲間は特別で、今でも一緒に活動したOBが集まると、酒を飲みながら当時を思い出し盛り上がります。

九州大学医学部附属病院第一外科入局恩師の厳しい指導に感謝1985年卒業して、九州大学医学部附属病院第一外科に入局し、中山文夫教授に師事。

研修生は8人いて、夏休みは3週間取れるのですが、4人づつなので該当しない4人は超激務で、ずっと病院に泊まりっ放しで、ひとりで20数名担当するなど大変でした。

当時指導して頂いた、後に佐賀大学学長をされた宮崎耕治先生は実に厳しかった。

九州大学医学部を経て九州大学医学部附属病院第一外科に入局し、そこでの中山文夫教授、宮崎耕治先生、高橋成輔教授、田中雅夫教授、鳥巣要道先生そして浜の町病院の一宮仁先生、加藤雅人先生とキラ星の如き恩人に巡り合うことで、貴重な経験と実績に恵まれ、現在はJCHO九州病院を率いてスタッフのスキルアップに努めている。

九州大学大学院臨床・腫瘍外科の講師も兼務するなど後進の指導にも注力している。

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