大切にしている言葉は”感謝”、物事に”ハートで勝負”、日々の暮らしは”凡事徹底”。連鎖する三つの座右の銘が、渕野病院長の精神に宿っている。
無医村だった大分・耶馬渓の小学6年生が医師を志した日から、福岡大学医学部、第一外科(現消化器外科)の志村秀彦教授・池田靖洋教授に師事し、白十字病院前院長・城崎洋先生に外科医としての薫陶を受け、医師人生はすでに39年。
「出会ったすべての人々に、心を込めて『ありがとう』を伝えたい」——インタビューの最後に、院長はそう語った。

On — 仕事のこと
耶馬渓の酒屋で育ったヤッさん時代
生まれは大分県・緑深き耶馬渓。父は会社員、母は造り酒屋から転じた小売り酒屋を切り盛りしていた。当時、平田駅前は耶馬渓鉄道も走り、店は大盛況だったという。
林業のおじさん達が山から降りてきて、店の角打ちで仕事の疲れを癒す。幼かった院長が酌をすると喜ばれ、「ヤッさんは溢れんばかりに注いでくれる」と指名が入った(笑)。スルメをつまみにクイッと一杯。粋な大人たちに囲まれた幼少期だった。
高校生になると、原付カブにビールケースを積んで山奥まで配達に出かけたという。
サッカー少年、剣道少年 — 決勝でいつも涙
小学校は地元・城井小学校。少年団でサッカー、ポジションはゴールキーパー。横っ飛びでボールを止める日々で、大分県北大会では準優勝した。
中学では剣道部へ。下毛郡(現中津市)中体連の決勝で、九州大会準優勝の山国中学と対戦。2対2で迎えた大将戦は、わずか15秒で敗退。手洗い場で水道水を流しながら号泣した、忘れられない想い出だ。
中津北高校、そして医学部受験へ
大分県立中津北高校・理数科に進学。男子35名、女子5名のクラス編成で3年間を過ごした。
進路を考えたとき、小学6年生の時の決意は揺らがなかった。当時、耶馬渓は無医村状態で、診療所には台湾出身の医師が一人いるだけ。「故郷の人達のために医師になろう」——子ども心に芽生えた思いを、医学部受験で形にした。
福岡大学剣道部、最後のベスト8
福岡大学医学部に入学し、即・医学部剣道部に入部。中学以来封印していた剣道魂を解き放ち、6年間打ち込んだ。
九州山口医体で3位1回、西日本医体でベスト8が2回。4年生のとき、当時最強の鹿児島大学との大将戦は2対2。我がチームの大将が奇跡の一本を取った瞬間、嬉しさのあまりガッツポーズ——それが規律違反で取り消しとなり、2対3で敗退した。
「またしても、突伏して滂沱の涙でした(笑)」。九大、久留米大、長崎大との合同練習後の打ち上げも、皆で素っ裸で肩を組みラインダンスをするほどの仲だった。
福岡大学第一外科、徳洲会で得た異文化
医局は福岡大学医学部第一外科(現消化器外科)。志村秀彦教授、池田靖洋教授に師事し、その後、2002年から2016年まで白十字病院の城崎洋前病院長から、外科医としての喜びと苦しみを学んだ。
特筆すべきは、1999年から3年間の福岡徳洲会病院での外科勤務。ミレニアムを挟んだその経験は、「すべてがアメリカ的で先進的、超多忙なのにそれを感じさせない」——異文化との出会いだった。
福岡市西区から春日まで通いながら経験した数多くの緊急手術が、その後の白十字病院でのスキルを支えている。以来、白十字病院に勤めて22年になる。
2016年、病院長就任 — 高質医療と地域の四本柱
2016年、白十字病院病院長に就任。法人は2011年4月に社会医療法人財団へ、2012年7月に地域医療支援病院、同年9月に基幹型臨床研修病院、2021年4月には内科専門医研修プログラム基幹施設の認定を受けた。
開設40周年を迎えた2021年4月、466床のケアミックス型から282床の急性期病院へと新築移転。残された地に白十字リハビリテーション病院(160床)を分院独立させた。
超高齢化社会に向け、地域医療支援病院として「高度専門医療・救急医療・在宅療養後方支援・健康なまちづくり」の四本柱を充実させていく。チーム医療の強化、スタッフひとりひとりのプロ意識、より安全で質の高い医療——まさに”医療は人””医療は心”だ。
「白十字病院は、人が育つ病院、医療に夢を持つ者たちの活躍できる場であり続けます」。
Off — オフのこと
38歳から始めたトライアスロン、宮古島を8回完走
院長のレース人生は38歳から始まった。44歳で初参加した全日本トライアスロン宮古島大会(スイム3km・バイク155km・ラン42.195km)は、これまで8回完走している。
「レース直前は、怖さとワクワクで武者震いするんです(笑)」。フルマラソン単独のレースも15回完走したが、すべてトライアスロンのための練習だという。西オーストラリアのアイアンマン大会(スイム3.8km・バイク180km・ラン42.195km)も2回完走。トライアスロン・ランニング大会の出場回数は通算151回。
休日も寸暇を惜しんでトレーニングに励む、まさにアイアンマンだ。



夫婦で旅、訪れる先でもランニング
旅行はいつも夫婦で。国内のあちこちを巡ってきたが、印象深いのは奥日田温泉「うめひびき」。水墨画のような風情と、お湯の良さが忘れられない。
最近では、宗像・大島に妻と息子と訪れた。世界文化遺産・沖ノ島を望むオーシャンビューのコテージ「MINAWA」が素晴らしかった。そこでも島を一周およそ20km、3人で走った(笑)。
「旅先でも、結局いつも走っているんですよ」と笑う。

剣道5段、青春時代から続く稽古
中学・高校・大学と剣道に明け暮れた院長。今も剣道5段の腕前で、医師人生の柱のひとつだ。

剣道5段のアイアンマン、いつも奥様と共に
休日の定番は、午前は糸島方面に自転車で60〜80kmのライド。午後は奥様と天神・岩田屋地下「ジャン=ポール・エヴァン」でホットココアを愉しむ——愛妻家の渕野病院長。
医師会の会合前後には、ヒルトン福岡シーホークのソトコトクラブで水泳練習。仲間の医師との交流も大切にしており、定期的に開く食事会”四つ葉の会”は何より楽しい時間だという。




