社会医療法人北九州病院 北九州八幡東病院の古賀徳之院長。内科・神経内科・リハビリテーション科を軸に、地域の慢性期医療を支える。

On — 仕事のこと
父方の私の祖父は福岡の荒戸で、その頃は誰もが知る紳士服の”古賀洋服店を営んでいて、医師になれば戦死する確率が減るのではと軍医を育成する”九州医学専門学校に父を進ませたようです。
私が1歳の時に、その古賀洋服店のあった場所で父が昭和34年に”古賀産婦人科医院を開業し、私は簀子小学校に入学しました。
熱中したのは草野球で、大濠公園や西公園のグランドで、同級生と日が落ちるまで(笑)。
あとは読書で、シャーロックホームズなど推理探偵小説が好きでした。
百道中学へ越境入学父上の影響で修猷館高校を目指す中学校は百道中学へ越境入学しました。
父が少し土地を所有していたので、其処に住んでいる事にして(笑)、小学生時代の私は成績が芳しくなかったので父が無理矢理(笑)。
修猷館高校へ毎年150人進学させるなどレベルの高い中学校で、私の他にも100人以上は合格しましたね。
入学して軟式テニス部に入りましたが、先輩からのスパルタ指導に驚愕して、ラケットを振る事もなく3日で辞めました(笑)。
父も修猷館OBで、運動会などこどもの頃に連れて行かれて憧れもあったので、しっかり勉強しようと帰宅部で頑張りました。
”自然気胸”で高校時代は入院と自宅静養九大病院の手術で治癒修猷館高校に無事入学しましたが、高校1年生の頃に胸が苦しく呼吸も辛いと自覚症状もあり、診断は”自然気胸。
当時は手術して肺を取るか、安静に寝ているかの二者一択の時代で、私は後者。
最後は高校3年生の時に、その頃始まったトロッカー、ドレーンを入れた手術を九州大学病院で受けて約1ヶ月間入院しました。
以後再発はしてませんが、思うと高校時代は精神的にも辛かったです。
久留米大学医学部の6年間帰宅部で勉学三昧久留米大学医学部に入学し、荒戸からバスと西鉄大牟田線で通学。
治癒したとはいえ、病の再発を怖れて、体力も衰えていたので部活はせず、専ら勉強中心。
大学生活を愉しんでいる学生を横目で観ながら、マトモな医師になろうと6年間ペンとノートの日々(笑)。
医局は九州大学病院第2内科恩師に恵まれた研修医時代元来福岡が生まれ育った町なので、医局は九州大学病院第2内科に入りました。
その頃は、研究の第1内科、臨床の第2内科、宴会の第3内科と云われていて、私は第2内科(笑)。
直接ご指導頂いたのは、現在糸島で開業On医師はじめ全スタッフが一致団結してチーム医療をと語る古賀院長いつも心にある”坂の上の雲“マインドこれからの北九州八幡東病院に大なる期待“坂の上の雲”(司馬遼太郎作)の上昇志向が好きだと古賀病院長。
努力と研鑚を欠かさず、目指すのは青空に浮かぶ純白の明るい雲に達するという事。
産婦人科医の父上に大切に育てられ、その背中を見て医師の道へ。
藤島正敏教授に師事し、研修医時代に菊池正統先生の熱心な指導を受け、高血圧研究室を経て小倉記念病院で医師としての実力を培った。
480床を活用し、スタッフ全員と共に、慢性期医療という過酷な坂道の上にある輝く白雲を掴むという強い思いが古賀院長にはある。
国立福岡中央病院で研修医1年目の私に内科医のイロハからしっかり教えて頂きました。
2年目は九州大学病院に戻り、専門進路を決める3年目に”高血圧研修室に行きました。
そこで主任をされていた小林和夫先生、高田豊先生にご指導頂きました。
Off — オフのこと
小倉記念病院で医師としての実力獲得医師としての実力を貯えたのは小倉記念病院の2年間ですね。
大学の運動部より過酷な指導の下、カテーテルやペースメーカーなど鍛えられ、この時期に医師としての実力を身につけました。
31年間の製鉄病院循環器内科を起ち上げ心不全不整脈ペースメーカー治療確立さらに心臓カテーテル検査室設立病院長として3年、そして定年退職1983年6月九州大学病院入局・国立福岡中央病院研修医1984年九州大学病院第2内科研修医1985年小倉記念病院循環器科1987年九州歯科大学病院助手1980年新日鐵八幡製鉄所病院循環器科1992年小倉記念病院循環器科2001年新日鐵八幡製鉄所病院循環器内科部長2015年製鉄記念八幡病院副院長2021年製鉄記念八幡病院病院長2024年6月北九州八幡東病院病院長就任北九州で最大規模の療養型病院として480床。
慢性期医療の診療において、北九州を牽引すべく、患者さんが快適に療養できる環境を提供。
自然光を効果的に採り入れ、明るく開放的な病棟やリハビリテーション室を設けています。
パーキンソン病やALS等の重度の神経難病を主に診療する障害者一般病棟200床、慢性疾患で、ご自宅や施設での生活が困難な方を主に診療する医療療養病棟160床、骨折や脳血管障害など在宅復帰までのリハビリテーションを行う回復期病棟60床、施設入所までのつなぎの場、看取り、ターミナルケアを目的に、医療と日常生活上の支援を一体的に提供する介護医療院60床、以上4種、9つ病棟、計480床の構成です。
何より、医師はじめ全スタッフが一致団結し日々切磋琢磨、研鑚に励む積極的なチーム医療が大切です。
20年ほど前から年2回の海外旅行海外旅行が好きで、年に2回は行ってますね。
アメリカはジョン・フォード監督の映画でおなじみのモニュメントバレー。
ヨーロッパではマルセーユからモナコまでのコートダジュール、海沿いをドライブ。
エンジンオイルのトラブルはポルトガルで日本のJAFのような業者が来て、直るのに3時間位かかりました(笑)。
院長室にCDプレイヤージャズは幅広くジャズが好きで、院長室にもケンウッドのCDプレイヤーを置いています(笑)。
マイルス・デイヴィスからビル・エヴァンス、最近のモノまで幅広く聴いています。
20年前になりますが、スウェーデンのミステリー”ミレニアムは面白かったですね。
愛読書は、ローレンス・ブロックという作家の”マットスカダーシリーズがイイですね。



