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OffTime3月号 インタビュー 医療法人社団水光会 宗像水光会総合病院 心臓血管センター・センター長 竹本 真生

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高度専門医療を提供すべく
限りなく続く研鑽の日々

多くの恩師友人に深謝の二文字を
心臓血管のプロとして厳しく
研鑽を続ける

 小学校時代は少年野球、中高大学はソフトテニスで身体を鍛え、 九州大学医学部循環器内科で(亡)竹下彰教授に薫陶を得、九州厚生年金病院(現JCHO九州病院)で、吉村仁先生に「不整脈」の指導を受け、竹下教授の後任の砂川賢二教授から母校の責任あるポストを拝命するなど、多くの友人含めて恩人は数限りない。これからは「宗像水光会総合病院」心臓血管センター・センター長として、診療の高みを目指してさらなる研鑽の日々をと、竹本真生先生は熱く語った。

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心臓血管センター・センター長として、さらなる高みの診療をと熱く語る竹本先生

赤ヘル軍団に憧れて少年野球の日々、小5で恩師柳川先生と出会い教師への夢を

 広島市内から40キロ程離れた安芸高田市の生まれです。町立向原小学校の頃、今まで青ヘルだった広島カープが赤ヘルに変わり、古葉監督のもと山本浩二や衣笠祥雄などスター選手を擁して初優勝。地域の少年野球チームで軟式野球をしていたので、市民球団であるカープの優勝は、市民揃って欣喜雀躍、嬉しくて誇らしかったですね。所属していた少年野球チームが毎試合一回戦敗退するなど弱かったせいか(笑)、カープの強さに魅了され当時平和公園の隣にあった広島市民球場に足繁く応援に行っていました。学校での鮮烈な思い出は、小学5年生の時の柳川先生との出会い。教師としての姿勢、人格が素晴らしくこんな教師になりたいと、勉強の大切さを強く自覚しました。その気持ちは、向原中学校に進んだ時も変わらず同様に勉強には力を入れていました。部活は軟式テニス部を選び、地区の大会では優勝したりとそれなりに成果を上げていましたが、さすがに県大会では歯が立ちませんでしたね(笑)。中学時代の財産は、いまでも年に一度は福岡で食事を共にするなど交友の続く、歯科医をしている末井君とインドなど海外に居る益国君という親友を得たことですね。お互いの家に泊まりに行って寝ないでいろんな話をしました。懐かしいですね。そして県立広島皆実高校に進学。硬式テニス部に入ろうと思っていたら、クラスで席が隣の原田君のお兄さんがソフトテニス部だといい、本人も入部するというので成り行きで入部(笑)。部の一番手二番手は県大会などでそれなりに上位の成績でしたが、私は三番手で2回戦ボーイ(笑)。その頃、麻雀には熱心でしたね。授業をサボったりして(笑)。

河合塾広島校で受験勉強、国公立理系のはずが医学部進学クラスに

 高校生の頃は医師になることなど考えたこともなく、合否ギリギリの成績で、広島大学工学部を受験。テニス三昧の高校生活が響き見事に不合格、その代わり河合塾広島校にめでたく入学することに(笑)。国公立理系進学クラスを希望するも、何の手違いか、医学部進学クラスに。周りはほとんどの生徒が医学部を目指していたので、その勢いで、そこからしっかり受験勉強にアクセル全開しました。

九州大学医学部入学「九山医体」でソフトテニス部初優勝

 九州大学医学部に入学し、当時京都大学、関西大学、日本大学のその試合がTVで放映されるなど脚光を浴びていたのもあり、当初テニスを離れてアメフト部にと思っていた折、新入生歓迎合宿で引率していた2年生の班長がソフトテニス部員で、中高とソフトテニスをやっていたと言ったら、即連れて行かれ入部することに(笑)。医系大学部活で、1年生の時は「九山医体」で最下位。滅茶苦茶口惜しくて猛練習して、私が6年生の時、後にも先にも一回だけですが「九州大学医学部ソフトテニス部」は団体優勝しました。

循環器内科入局、竹下教授に薫陶を得る九大医学部系病院を歴任する

 その当時は卒業前にどこの科に入局するかを決めていて、私は外科志望だったのですが、たまたま同級生が循環器内科の先輩に話を聞きに行くので一緒にと誘われて行ったら、その先輩は不在で、では私が代わりにと現在は亡くなられていますが、1992年当時教授をされていた竹下彰先生に、これからはカテーテルの時代が来ると魅力的に熱心にレクチャーされ心が動き、循環器内科に入りました。入局後、師事した竹下先生は教授になられて二年目でまだ若く、エネルギッシュで熱心に指導していただき幸いでした。循環器とは腫瘍、癌がないなど、しっかり理解して治療すれば必ず治るものだと教えられ、それだけに遣りがいがありますね。そして、武者修行ということで、「九州大学医学部循環器内科」の関連病院である「九州大学病院」「松山赤十字病院」「聖マリア病院」一旦九大に戻り、「ハーバード大学ブリガムウィメンズ病院」と研鑽の日々を過ごしました。ハーバード大学留学を終えて帰国する私が乗った丁度一日後のアメリカンエア、ボストン発サンフランシスコ行8時ごろの便。あの9・11事件(米国同時多発テロ)。一日ずれてこの便に乗っていたら、現在ここに私は居ませんね。幸運でした。

九州厚生年金病院で吉村先生に不整脈師事 「カテーテル検査主任」として九大に戻る

 帰国後、九州厚生年金病院(現JCHO九州病院)に勤務し、それまでずっと狭心症、動脈硬化に対する治療しかして来なかったのですが、ここで吉村仁先生に出会い「不整脈」について、3年間指導を受けました。九大医学部循環器内科では、竹下彰教授が退官され、砂川賢二教授が着任。その砂川先生から「カテーテル検査主任」として戻って来いと言われ、2005年着任しました。助教、講師そして准教授として勤務しました。

2014年宗像水光会総合病院に着任循環器部長として6名で診療スタート

 私の所属する九州大学医学部循環器内科にオファーがあり、2014年に宗像水光会総合病院に循環器科部長として着任しました。当院の循環器科を充実するため、私を含めて九大から3名、元々在籍されていた3名の医師、ある意味スタートメンバーですね。そして2年後、心臓血管センター・センター長として、その任の重さをモチベーションとしてさらなる研鑽をと肝に銘じている現在です。

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やさしい笑顔の竹本先生

◆取材協力 医療法人社団水光会 宗像水光会総合病院

住  所/ 福岡県福津市日蒔野5-7-1
T E L/0940-34-3111
F A X/0940-43-5981
院   長/田山 慶一郎
診療内容/内科・循環器科・小児科・皮膚科・外科・心臓血管外科・整形 外 科・
脳 神 経 外 科・形 成 外 科・泌 尿 器 科・産 婦 人 科・眼 科・
耳鼻咽喉科・放 射線科・麻酔科・リハビリテーション科・救急科
診療時間/初診の方 9:00~12:30 13:30~17:30
再診の方 9:00~12:30 13:30~17:30
受付時間/初診の方 8:00~11:00 13:00~16:00
再診の方 8:00~12:00 13:00~17:15
休 診 日/日曜日・祝日・年末年始(12月31日~1月3日)
H  P / http://suikokai.or.jp

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