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OffTime7月号 「私の休日」 独立行政法人 労働者健康安全機構 九州労災病院 病院長 岩倉 幸英

| 私 の 休 日 |Top Interview

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アクティブに楽しみ、挑み、全身全霊で駆け抜ける日々。
青春時代からの<Off>の写真の数々を披露いただいた岩本先生。
長年、研究に臨床に…と、休日返上で仕事に打ち込まれてきた一方で、
「息抜きも上手でした」という余暇について、お話を伺いました。

次々に離島へ遠征

子供の頃から、遊びといえば、釣りか泳ぎか野球。大学時代や研修医時代は、よく磯釣りに出掛けました。「五島が釣れるらしい」「男女群島がすごい」と聞けば、瀬渡し船の漁師に「今、釣れよる?」と電話してね。肥前鳥島へ行った時は、うねりで岩に上がれずにトンボ帰り、福岡を出発したのが17時、帰り着いたのも翌日17時でした(笑)。今でも離島は詳しいですよ。以前、平戸の町長さんにお会いした時、地図に海上の岩の位置や名前まで書いたら驚かれました。

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中央の写真は研修医時代、男女群島での釣果を前に。「尾長グレの60cm、3kgクラスは“磯釣り師の夢”。一人で魚屋を開けるくらいに釣れて、あれは興奮しました」。

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一か八かの駆け引き

海外でも、学会の合間にサーモン、トラウト、キャットフィッシュ、ブラックバス…とずいぶん釣りましたが、一番面白いのはやっぱりヒラマサやクロを狙う『上物釣り』です。一秒後に浮き子が沈むことを期待しながらアレコレ試行錯誤して、思い描いた通りに釣れたり、予想外の大物が釣れると嬉しいですね。釣りは博打ですから、だめでも気楽だし、潮の匂いや波の音に気分が洗われるのもいい。また仲間と行きたいけれど、みな50歳を過ぎて、「岩の上で寝るのは嫌だ」と渋られています。

仲間と分かちた感動

野球も、長くやりましたね。こちらは勝負の世界ですから、大学の野球部でいかに私が厳しかったかは今でも語り草(笑)。その代わり、キャプテン時代は九州・山口の大会で優勝、西医体も準決勝まで行って、練習試合を含めて1年間で1回しか負けませんでした。練習して積み上げて、チームで勝つ喜びは代えがたいものです。医局に入って母校を離れても絆が続いて、教授になった時も、退官した時も、野球部OB会主催のお祝いをしてくれたのは嬉しかったですね。久留米大でも九大でも、野球の仲間は大切な宝です。

プレーは海を越えて

思い返せば、留学時代も得をしました。ソフトボールのリーグがあって、ビールを飲みながらのラフな試合ですが、トーナメントだから真剣になるでしょう。活躍したら一躍名前が売れて、ニックネームが『ロッキー岩本』(笑)。ラボに地元のチームの人が来て勧誘されました。厳しい研究生活で毎日必死でしたから、夏の時期、水曜の夕方にソフトボールをやって、試合後、みんなでピザハウスに行くのが唯一の楽しみでしたね。

 懐かしそうに、目を細められた岩本先生。野球では年間20打数16安打、打率8割の成績を残し、医局対抗野球でMVPを受賞されたこともあるとか。「日本整形外科学会では学会期間中、各地区予選に勝ったチームで朝6時から8時まで毎日トーナメントをやるんですよ」と驚きの情報も教えていただきました。また、近年楽しまれるゴルフでは「二打までとアプローチ・パットのギャップが課題です」と大笑い。最後に「思えば、30代半ばから50代は仕事一筋、写真のようなオフは年に数日でしたが、全く後悔していません。それも充実の時間でした」と微笑まれた表情が、印象に残った取材陣でした

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大学時代(左上/右が先生)から強打者で鳴らし、留学先の米国NIHラボ対抗試合や医局対抗野球でも大活躍!

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還暦過ぎてもご夫婦でラフティング! 「いつかまた海外で釣りができるなら、アラスカでオヒョウを釣るのが夢です」。

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