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OffTime9月号 インタビュー 日本赤十字社 福岡赤十字病院 院長 中房 祐司

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信頼と調和の地域連携
最良で安全な医療を提供

苦学生時代の気概を忘れず
真摯真剣な院長人生を

  宮崎生まれの天文宇宙好きの少年が父君のアドバイスで九州大学医学部へ進み、故郷の先輩豊田清一先生の影響で第一外科に入局。米国ワシントン大学留学でウエイン・フライ教授のラボで2人の親友を得、帰国後九大附属病院で講師を務め、佐賀大学附属病院診療教授から福岡赤十字病院院長へ。数多の先生先輩諸氏からの恩は終生忘れないと中房院長。報いるためにさらなる研鑽努力を怠らないと力強く語った。

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さらなる高質の医療とサービスを提供すると語る中房院長

代議士ばりの演説で生徒会長、粛々と勉強漬けの高校生活

  宮崎県宮崎市内の生まれです。最初に市内の西池小学校入学、3年生からは檍小学校に通いました。中学高校は私立日向学院で、私の時代から中高一貫校になり、その一期生になります。
 小学生の頃は専ら野球やソフトボールに興じていました。当時全校生徒1300人のマンモス校で、6年生の時、私は生徒会長をしていました。立候補の際の演説が国会議員のようだと同級生からひやかされたり(笑)。
 中学高校時代も6年間通して学級委員でした。ガリ勉君だった所為でしょうか(笑)。中学入学時、身長は170cmあり、足も速くバレーボール部で高校まで続けましたが、最終的には身長は少ししか伸びず、足の速さもそれほどでも(笑)。兎に角生真面目、高校生時代も何事もなく粛々と過ぎていきましたね。

もともとは天体物理学、宇宙物理学志望、父君のアドバイスで九州大学医学部へ

 
 自分で言うのもおこがましいのですが、中高と成績はトップクラスで、元来天文物理学、宇宙物理学がやりたくて、東大、京大の物理学教室に進みたいと思っていたのが、父に言わせると“その世界ではメシが食えん”と(笑)。
 父は獣医でありながら県庁勤務で食品検査、衛生検査の業務に携わっていて、当時衛生部の部長は当時の厚生省からのキャリア技官で、会食をした際に“息子さんに医学行政の道を”と父は言われ、私に伝えました。2年上の従兄弟が九大医学部に居たこともあり、九大医学部受験を決めました。

苦学生のためバレーボール部退部、豊田清一先生には飲食の大恩

 
 九州大学医学部入学直後にバレーボール部に入ったのですが、“九山医体”“西医体”といった大会参加があり、苦学生だった私は特に“西医体”で大阪に行く遠征費が賄えずやむなく退部しました。
 当時お世話になったのが、父の職場の先輩の息子さんで宮崎の先輩でもある豊田清一先生。度々飲みに連れて行ってもらったり、嬉しかったですね。そして憧れの豊田先生がいらっしゃる第一外科に入局しました。

中山文夫教授の九大第一外科に入局、豊田清一先生と腎臓移植の研究研鑽

 
 中山文夫教授が主案する九大医学部第一外科には若手医師に人気の医局長の豊田先生がいて、病棟の看護師と医局ドクターで、年に1、2回旅行しましたね。 
 入局して3年の1986年に、九大第一外科からは初めてのことですが、豊田先生が外科部長として宮崎県立宮崎病院に赴任されることになり私も若手として同行しました。豊田先生が第一外科の腎臓移植グループに属していたので、私も同グループで研究研鑽を積みました。
 1987年の第一外科研究室の時の指導医は福岡赤十字病院の前任の院長の寺坂禮治先生でした。縁がありますね(笑)。

米国ワシントン大学医学部留学、ウエイン・フライ教授のラボで二人の親友と愉快な研究生活

 
 1990年7月米国セントルイスのワシントン大学医学部研究員として、家族とともに留学しました。妻は九大英文科を出ていて英語が得意で、私も助かりましたが本人も大いに米国ライフを楽しんだようです(笑)。連れて行った息子達は2人とも九大医学部を卒業して外科医になってます。蛙の子は蛙ですかね(笑)。
 移植のスペシャリストであるウエイン・フライ教授の研究室でラットを使った研究をしていました。特に仲の良かったスタッフがクロード・ローランドとジョン・ゴス。銀行家の息子であるクロードの家はニューヨークの郊外にある桁違いの凄い豪邸で、門から邸宅まで700m、途中にディアハンターの家があり、邸の中にはピカソの絵など名画が幾つも壁面に掛けてある(笑)。お互いの子どもが同じような年令だったこともあり、クロードとは家族同士で旅行に行くなど特に親密でしたね。

帰国後九大医学部付属病院講師から佐賀医科大学助教授を勤め、2020年福岡赤十字病院院長に就任

 
 帰国して、1997年九大医学部付属病院第一外科腎疾患治療部講師になり、当時第二内科の平方秀樹助教授が上司にいて、2009年私が福岡赤十字病院外科部長の時の副院長、腎臓内科部長でした。1999年6月佐賀医科大学一般消化器外科助教授就任から一般消化器外科診療教授まで、10年間消化器外科の研究と実践研鑽の日々を過ごしました。前任の院長の招聘により、前述の通り2009年4月福岡赤十字病院外科部長着任し、2012年副院長、2020年院長に就任しました。

さらなる医療レベルとサービスの向上、人材育成と経営環境の充実でトップを目指す

 
 当院は公的医療機関、地域の基幹病院として高度な医療を提供する責務があるため、先進医療技術、最新鋭医療機器を導入し、良好な環境整備の構築を進めます。また、患者サポートセンター開設から1年、あくまでも患者さんに寄り添い、入退院支援やスムーズな医療連携を実施し、外来コンシェルジュを配置するなど、さらなるサービス強化を図ります。
 引き続きスタッフに質の高い教育・研修・研鑽を続けることで医療レベルを向上させ、全国に冠たる存在にすべく、院長として先頭に立って指導していきたいと考えています。

◆日本赤十字社 福岡赤十字病院

住  所/福岡市南区大楠3丁目1-1
T E L/0570-03-1211
院   長 / 中房 祐司
診療内容/内科系、外科系、精神科、麻酔科、病理診断科、放射線科(診断)、
     リハビリテーション科、専門外来
受付時間/初 診 月~金 8:10~11:00 
     再 診
   [ 予約再診 ]月~金 8:10~17:00
   [予約外再診]月~金 8:10~11:00
休 診 日 /土・日・祝・年末年始(12月29日~1月3日)
    ※急患は随時受け付けております。
H  P / https://www.fukuoka-med.jrc.or.jp

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