町の風景を眺めていると、
見知らぬ国の人々の暮らしが、
とても親密に感じられます。
子どもの頃へと誘われる絵本の世界は、
安野光雅という画家のまなざしを介し、
時を経た今も鮮やかに息づいています。
今月号は、島根県津和野町で体験した
心静かな絵本の時間をご紹介します。
お写真でしか拝見したことはありませんが、ぐしゃぐしゃの白髪に、どってりとした丸い体つきとつぶらな眼差しは、まるでくまのプーさんのよう。著作やエッセイを紐解くと、子どものような無垢な眼差しと、世間体や欺瞞の上に成り立つ古い美術業界への憤りに燃える清廉潔白な画家の横顔がうかびあがってきます。
安野さんの美術館を建てる話が持ち上がった際、津和野町以外にも立候補した県があったそうですが、津和野は町あげて運営にあたりたいという気持ちを表明。多感な幼少期をこの地で過ごした安野さんもこの申し出に感激し、75歳にしてようやく美術館設立に至ったそうです。
津和野の町にしっくりと溶け込む、漆喰の白壁と赤色の石見瓦を葺いた和風建築の美術館では、年4回展示替えされる作品群のほか、安野さんが過ごした昭和初期の小学校の教室を復元した空間、アトリエ、プラネタリウム、ミュージアムショップなどを併設。吹き抜けのあるロビー壁面には、安野さんがデザインして、彫刻家の佐藤忠良さんが掘った不思議な石造りの「魔方陣」が。子どもから大人まで楽しめる遊び心のある仕掛けがきいています。
科学や数学、文学などにも造詣が深く、森鴎外訳「即興詩人」を口語訳した「口語訳 即興詩人」など幅広い活動を続けておられる安野さん。皇后美智子さまが、詩人のまど・みちおさんの詩を口語訳した詩集の絵も担当されるなど日本を代表する画家として知られるところです。このように第一線で活躍するようになってからも、単身海外に渡り、自分が見つけた心に残る名もなき風景をスケッチするというひょうひょうとした写生スタイルは、健在。福音館書店から出ている「旅する絵本」シリーズは、その集大成といえるでしょう。そんな安野さんの絵は海外からの評価も高く、国際アンデルセン賞画家賞、アメリカのブルックリン美術館賞、イギリスのケイト・グリナウェイ賞特別賞、紫綬褒章など国内外で支持されています。
絵本を開くと、現実のあれこれからふっと自由になり、時空を超えたその世界に没頭することができます。皆さまのオフタイムに、そして患者さんとのつかの間の語らいの時に、安野さんの絵本を加えてみてはいかがでしょう。
詩集「にじ」より、心に残る詩を一遍
–まど・みちお/詩、美智子/選
あるいてもあるいても日向だったの。
海鳴がしているようだったの。
道の両側から、
山のてっぺんから、
日の丸が見送っていたの。
お船が待ってるような気がして、
足がひとりで急いじゃったの。
ホホケタンポポは指の先から、
フルン フルン 飛んでいって
もうお母さまには茎だけしかあげられないと思ったの。
いそいでもいそいでも日向だったの。
_____
ね、お母さま。
僕、あの時生まれて来たんでしょう。
展示スケジュール
あんの・みつまさ Profile
大正15年、島根県津和野町生まれ。昭和14年、宇部高等小学校へ転校。昭和20年4月招集、同年8月15日香川県王越村(現坂出市)で終戦を迎える。昭和25年3月美術教員として上京、玉川学園、三鷹第五小学校、武蔵野第4小学校の美術教師を勤める。その傍ら、本の装丁などを手がける。昭和36年教師を辞めて画家として独立。昭和43年、文章がない絵本「ふしぎなえ」でデビュー。その後、その好奇心と想像力の豊かさで次々と独創性に富んだ作品や淡い色調の水彩画で、やさしい雰囲気漂う風景を描いた作品などを数多く発表し続けている。
平成13年3月20日、安野光雅さんの75歳の誕生日に、故郷津和野の駅前に「安野光雅美術館」開館。「ふしぎなえ」、「ABCの本」、「天動説の絵本」、「旅の絵本」(福音館書店)、「繪本 平家物語」、「繪本 三國志」や司馬遼太郎の紀行「街道をゆく」の装画など代表作は多数。
電話/0856-72-4155
入館料/一般800円、中高生400円、小学生250円
営業時間/午前9時〜午後5時
(最終入館〜午後4時45分)
休み/12月29日〜31日、
3月・6月・9月・12月の 第2木曜日
H P/http://www.town.tsuwano.lg.jp/anbi/anbi.html
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